令和元年9月20日 第3回定例会


 質問事項3 渋沢栄一氏と古民家再生について。
最初に、渋沢栄一氏のゆかりの地についてお伺いします。
 2021年のNHK大河ドラマの内容が、幕末から明治の激動を生きた渋沢栄一氏主役の「青天を衝け」と先日発表され、うれしくなりました。
出身地の埼玉県深谷市や、晩年を過ごした北区、初代会頭を務めた東京商工会議所など、関連6団体が連携協定を結び、功績をたたえ、まちおこしにつなげる取り組みがされると聞きました。
 新1万円札の肖像画に採用される実業家渋沢栄一氏は、大蔵省を辞職した後、区内にセメント会社工場の発足や肥料会社を設立するなど、区内の産業発展に寄与しました。
 明治9年、現永代二丁目の深川福住町に転居されてきたこと、略年譜や邸宅内写真等が6月下旬に区役所2階ピロティーにゆかりの地として展示されていました。
 渋沢栄一氏が幕末から明治維新の躍動の時代を生き抜き、24歳で一橋慶喜の家臣となり、その後、フランスに渡り、ヨーロッパの文明に触れ、明治政府設立の立役者の1人となったのです。
第一国立銀行頭取を経て、約500社に上る株式会社、銀行など、経営指導に尽力し、民間経済外交、社会公共事業に取り組み、近代経済を築いた第一人者です。
 「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一氏は、明治22年、深川区会議員に当選し、区会議長を務めたこともあります。
 そこでお伺いします。
ゆかりの地として、区内産業発展に貢献されたことを広報でお伝えするだけではなく、北区、深谷市同様に、連携して地域活性に生かしていくことを望みますが、考えがあればお聞きします。
 次に、渋沢邸公開における民間との協働についてです。
 8代将軍徳川吉宗が1,270本の桜を植えたことで観光名所となった北区の飛鳥山には、晩年の60歳以降、暮らした邸宅がありました。
今は国の重要文化財となった大正時代の名建築が数多く現存されており、91歳で逝去するまで企業育成にかかわり、教育や福祉とともに尽力された実業家の業績を伝える渋沢史料館とともに見学し、学習することができます。
 飛鳥山邸宅は史料館として生まれ変わりましたが、東京に構えた6カ所の邸宅のうち、青森県六戸町に唯一現存していたのです。
その建物は明治11年に、今の永代深川福住町に和館として建てられました。
 そこでお伺いします。
その旧渋沢邸がおよそ110年ぶりに、ゆかりある当区へ帰還する準備が進んでいるとのこと。
所有権を得た清水建設が、現存する青森県六戸町から2024年予定の紙幣刷新に先立ち、2022年3月に移築完了する計画と発表されました。
一般公開について、区が協働できる施策があればお聞きします。
明治の文明開化期に建てられた貴重な財産が区内に帰還することは、とても喜ばしいことと思います。
 次に、再生した古民家を観光の拠点にすることについてです。
 福島県猪苗代湖畔にある野口英世記念館は、生家が国の登録有形文化財に登録され、野口英世氏が過ごしていた時代と同じ場所に、そのままの形で保存、公開されていることは有名で、2019年、開館80周年を迎え、記念特別展が開催されています。
 浦安市郷土博物館では、古きよき漁師町を移築、復元し、また、三鷹市の大沢の里古民家は、復元された農村風景をよみがえらせています。
 そこでお伺いします。
区内には深川江戸資料館と古民家の旧大石家住宅があり、運営管理をしておりますが、葛飾区郷土と天文の博物館、足立区郷土博物館のような、農業や近代産業と暮らしの再現の展示はありません。
令和元年となり、改めて明治、大正、昭和の時代に生きてきた人々の働きや暮らしを再現することについて、考えがあればお聞きします。
 渋沢栄一邸が帰還することも、区がより発展する機会となると思います。
町の歴史や思いを未来につなげて、再生された古民家が観光の拠点となり、区民が楽しめ、安らぎのある場となることを望み、質問を終わります。

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  質問事項3の回答   地域振興部長(伊東直樹)
 次に、渋沢栄一氏と古民家再生についてです。
 まず、渋沢栄一氏のゆかりの地についてですが、渋沢栄一氏は幕府や明治政府に仕えた後、実業界へ転じ、500余の会社設立に関与し、実業界の指導者として日本の近代経済の基礎を築きました。
福祉や教育事業にも貢献し、かかわった社会公共事業は600余に上ると言われております。
また、深川区会議員、区会議長を務めるとともに、深川区教育会の会長に就任するなど、本区とのかかわりは深く、住宅があった場所は現在、江東区登録史跡、渋沢栄一宅跡となっております。
 本年6月に渋沢栄一氏の旧邸が潮見に移築されるとの発表を受け、本区と渋沢栄一氏との深いかかわりをPRするため、6月と7月に延べ10日間、庁舎2階展示スペースにおいて、渋沢栄一記念財団の協力をいただき、写真や略歴のパネル展示を行ったところです。
 今後も、区の施設や文化センターなどを活用し、積極的に渋沢栄一氏と本区とのかかわりについて、PRに努めてまいります。
また、北区や深谷市など、ゆかりのある自治体などとの連携や地域活性化策については、今後検討してまいります。
 次に、渋沢邸公開における民間との協働についてです。
 渋沢栄一氏の旧邸は、深川福住町時代の用材を一部残しながら増改築を経る中で、本格的な和風と洋風とを巧みに調和させた設計と、施工技術及び意匠、用材の優秀さを備えた日本の近代住宅における貴重な建造物であることから、本区の文化財の登録、指定に向け、手続及び調査を進めております。
 移築は令和4年に完了する見込みですが、本区としては、一般公開に合わせて、江東区文化観光ガイドや江東区文化財保護推進協力員がボランティアとして活躍できる機会を設けるなど、民間との協働に向け調整を進めてまいります。
 次に、再生した古民家を観光の拠点にすることについてです。
 本区に残る歴史的建造物は、関東大震災や東京大空襲の影響で極めて少なくなっており、仙台堀川親水公園内に移築した旧大石家住宅が、江戸時代末期の古民家として区の指定文化財となっております。
こういった状況の中、明治時代に建てられた渋沢栄一氏の邸宅が、2度の移転を経て本区に里帰りすることは大変喜ばしいことと考えており、新たな観光資源としても期待しております。
 人々の働きや暮らしの再現ということについて、中川船番所資料館では現在、2階の展示内容を郷土資料の紹介や解説を中心とすべく取り組んでおり、特に昭和時代の生活用具について、近隣の区民の方々の御協力を得て収集し、活用するよう努めております。
 今年度は企画展として、「深川にあった肥料商店の歴史」と題し、深川で明治から昭和中期まで営まれた肥料商店の帳簿や写真など、寄贈された大正・昭和時代の貴重な資料を用いて、江東区と近代産業のかかわりについて展示、解説を行いました。
 今後も、区の歴史文化施設等を活用し、明治、大正、昭和など、近代に本区で暮らしてきた人々がどのような生活を送ってきたのか、その様子や息遣いが伝わる展示などに取り組んでまいります。
 

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