平成29年2月22日 平成29年第1回定例会


 質問事項2  橋梁と橋の魅力について
橋梁と橋の魅力についてです。
 最初に、隅田川にかかる重要文化財の橋梁についてです。
 昨年11月に東京都建設局が主催した「東京 橋と土木展」に伺い、道路管理部保全課が所有している写真と資料の展示があり、魅力ある古きよき橋梁の歴史に触れることができ、すばらしい展示会でした。
 帝都を代表する河川、隅田川にかかる橋梁は、あたかも橋の展覧会のように一つ一つのデザインが違います。
 明治45年に隅田川に開通した新大橋は、大正12年の関東大震災でも焼け落ちず、お助け橋と呼ばれ、60年余り現役を務めた後、昭和52年に入り口部分が愛知県の明治村に移築されていることは知られています。
アールヌーボー調のデザイン照明など、橋門構に20世紀初頭という時代を感じさせる歴史を物語った建造物です。
 そして、特に興味深いことは、勝鬨橋と同じく、隅田川にかかる震災復興橋梁の清洲橋と永代橋が、平成19年に国の重要文化財に指定されたことです。
 現存の清洲橋と永代橋は男性的なアーチ橋で、遠出をして戻ってきたときにほっとする、愛着のあるシンボル性が高いすばらしい橋梁です。
区内にかかる国指定の重要文化財として、力強さと美しさをあわせ持った震災復興橋梁である清洲橋と永代橋は、東京都建設局の管理下にありますが、水辺がある水彩都市・江東の歴史あるシンボルとしての価値について、認識をお伺いします。
 現在の永代橋は、大正15年に関東大震災後の帝都復興事業でかけかえられてから90年以上がたち、橋脚間の距離が100メートルを超えた橋であり、船舶の通行のためアーチ形態やつり橋を採用するなど、当時の技術の粋を集めた震災復興橋梁です。
 東京都の道路管理部保全課は、清洲橋とともに施工風景写真を保管しており、コンクリート橋脚や桁架設、リベット打ち作業など、技術振興の情報を持っています。
 区として、深川江戸資料館や芭蕉記念館との協働、連携を行い、重要文化財の橋梁の歴史を伝える企画を立ち上げてはいかがでしょうか。
 木材や石など自然の材料を使用していた時代から、明治、大正、昭和の橋梁建設における鉄鋼技術の産業革命の歴史を知ることができます。
 また、夜のライトアップにとどまることなく、2020年オリンピック・パラリンピックを控え、清洲橋と永代橋をオリンピック・パラリンピックアーチとして、五輪のシンボルに活用することはどうでしょうか。
かつて東洋のベニスに例えられた水彩都市・江東を紹介する絶好のチャンスです。
 レガシーになるオリンピック・パラリンピック競技会場と、レガシーである重要文化財の両橋梁が連携できる観光企画や、豊洲の造船所跡にある日本でも数少ない可動橋であるアーバンゲートブリッジ、小名木川の扇橋閘門を組み合わせたレガシーツアーを計画してはいかがでしょうか。
区の考えがあればお聞きします。
 次に、区指定の文化財として残すことについてです。
 水辺がある水彩都市・江東が管理している多くの橋がかけかえられていますが、歴史を物語る橋も多く見受けられます。
 昨年12月末にかけかえ工事が完了した地元の三島橋はとてもスマートな橋に生まれ変わり、機能的で通行にも便利になって利用者も助かっていると推測します。
ただ、経済性重視なのか、特色あるデザイン性が乏しく、寂しさを感じます。
 橋の魅力は造形美にあります。
その南側にある海砂橋は、中央の休憩できるスペースにオブジェが装飾されており、待ち合わせでも利用される特色ある橋です。
そこで、特色ある橋を区指定の文化財として残すことについてお聞きします。
 当区は地盤が低いため、土地のかさ上げを押さえるためにトラス橋が多く、その数は世界でも上位に入ると言われています。
地元では小松川橋、崎川橋など、多くのトラス橋が現存しています。
隅田川を下り、当時の深川区に21の橋があったそうで、代表的な亀久橋、萬年橋、福寿橋、東富橋の4つの橋を都市景観重要建造物に指定しています。
特に亀久橋は、親柱にオリジナルで色ガラスの飾りがあり、大変デザイン性がすぐれた橋です。
 昭和を語る貴重な資源である橋ですが、老朽化によるかけかえ予定はどのような計画で進んでいくのか、技術的にトラス橋ではなくても問題のない地盤であれば、橋面の装飾は必要ないのか、設計はどのような経緯で決められているか、他の橋を都市景観重要建造物に指定する予定はないのかお伺いします。
 スマートな橋に生まれ変わることはとてもよいことですが、水彩都市・江東としての景観を大切にし、文化財として残っている地域に合わせた造形美ある橋を残すことについて、考えがあればお聞きします。
 明治11年に中央区の楓川にかけられた約15メートルのボーストリングトラス橋である重要文化財の弾正橋は、橋幅が改修されましたが、八幡橋の名前で富岡八幡宮裏手に歩道となって現存しています。
文化財とは、将来の文化的発展のために継承されるべき過去の文化です。
 地元の町並みや産業の歴史を現代からひもとく番組、NHK「ブラタモリ」の人気が高いのは、日本の文化に興味を持つ方が多いためではないかと推測します。
 3月5日、日曜日まで、中川船番所資料館において、「江戸の海運と江東」の特別展が開催されています。
江戸時代には、海路から小名木川を通して年貢米が搬送されるなど、海運の輸送手段が紹介されています。
古写真では、仙台堀川の水門で、いかだに組まれた材木を扱う川並が働く姿を見ることができます。
 昭和63年に埋め立てられた、深川北スポーツセンターに面した福富川公園には、昭和42年3月に竣工した鋼装ローラーゲートの吉岡水門が残存しています。
木場を中心とした、船で人や貨物を運ぶ海運・水運産業の水路の歴史も、文化財として後世に伝えていくことに関する考えがあればお聞きします。
 先日、第2回江東区カヌーマラソン大会が開催されましたが、これは当区ならではの水彩イベントです。
また、定期的に水曜日、日曜日には、和船友の会の協力で江戸情緒を味わうことができます。
水面の美しさを感じられるカヌーや和船で、空を背景に、シルエットラインがくっきりと浮かぶ区指定文化財の橋を眺めながら、ゆったりと水辺散歩ができる江東区になることを要望して質問を終わります。

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  質問事項2の回答   区長(山崎孝明)

 まず、区内にかかる橋梁と橋の魅力についての御質問のうち、墨田川にかかる重要文化財の橋梁についてですが、清洲橋と永代橋につきましては、ともに関東大震災の震災復興橋梁として建設され、清洲橋は震災復興の華、永代橋は帝都東京の門とも呼ばれており、国の重要文化財に指定され、広く親しまれております。
 ちょうど区長になったころだったと思いますが、重要文化財の指定が決まりまして、清洲橋のたもと、中央区側で式典が行われまして、私も中央区長と一緒に式典に臨んだことを覚えております。
 いずれの橋も本区に管理権限がないことや本区と隣接する区を結ぶ橋であることから、本区固有のシンボルと位置づけることはなかなか難しいと考えますが、優美なデザインは内外から評価されており、その存在価値は高いと認識しております。
 永代橋のライトアップは非常にいいものですが、清洲橋は少し商店街のちょうちんが並んだようになっています。
清洲橋のように、あれほどきれいな橋の形はなかなかありません。
清洲橋がライトアップするとき、ちょうど私が都議会議員だったころで、当時の建設局長が点灯式を見てほしいと言うので見に行きましたらあのようなものでして、何だこれはと大分文句を言いました。
そろそろ交換するそうでございますので、もっといいデザインにするよう強く申し入れをしております。
 次に、橋梁の歴史を伝える企画についてですが、区内歴史施設で主に取り組んでいるテーマとして水運や海運、町並みといった題材を取り上げておりますが、橋梁につきましても、文化的資源としての重要性を認識しております。
現在、文化観光ガイドが行うガイドの一環として、橋梁の歴史についても御案内をしております。
 また、中川船番所資料館では、震災復興橋梁の図面を本区指定文化財として所蔵していることから、今後の事業展開の中で企画化できるか検討してまいります。
 次に、清洲橋と永代橋をオリンピック・パラリンピックアーチとして活用することについてですが、IOCとの交渉など、実現はかなり困難であることが想定されます。
 一方で、それぞれの橋梁が有する魅力を発信する好機であることから、機運醸成の一環として何らかの活用ができないか、今後研究を進めてまいります。
 次に、オリンピック・パラリンピック競技会場と永代橋、清洲橋、豊洲のアーバンゲートブリッジなどを組み合わせてめぐる観光ツアーについてですが、昨年11月に豊洲地区で開催した江東湾岸まつりにおいて、オリンピアンが同行する競技会場建設予定地をめぐるバスツアーを企画し、大変好評でした。
また、動力船などでロックゲートや扇橋閘門をめぐる体験クルーズツアーも人気が高く、舟運は本区の重要な観光資源の一つとなっております。
今後、競技会場完成の前後を問わず、舟運なども組み合わせた魅力的な企画を計画してまいります。
 次に、区指定の文化財として残すことについてです。
 まず、海砂橋ですが、海砂橋は、横十間川にかかる海辺と南砂を結ぶ橋で、昭和4年に震災復興橋梁として建設されましたが、昭和63年にかけかえられました。
橋の中央部に飾り板が設置され、デザインに特徴があります。
区が文化財として指定するに当たっては、指定基準に基づき、歴史文化史上重要なものや、地域的特色が顕著なもの、緊急に保護する必要があるものなどを指定しております。
 区内にある全ての有形無形の文化財から優先度の高いものを順次指定しており、現時点で区指定の文化財に橋梁はありませんが、今後、歴史的価値等について順次検証してまいります。
 三島橋のお話がございましたが、シンプルになったことは事実です。
現代と海砂橋をつくった時代の相違、あるいは財政的な理由もあるのかもしれませんけれども、あの海砂橋は事実あれだけの石組みが施され、私はかなりお金のかかった橋だという印象があるのです。
今やはり財政的な問題もあって、あれだけの凝った設計が果たして今できるかというと、なかなか難しいように思います。
 ただ、橋というものは非常にいいものだと私は思っていまして、橋には、文学や映画など、人と人の出会いにまつわるたくさんのものがあります。
昔で言えば、弁慶と義経は五条大橋で出会ったわけであり、「君の名は」の数寄屋橋、そのほか外国の映画でも橋にまつわる物語は数多くあります。
 そうした意味で、橋というものは大事なものであり、また、都市における建造物の中でも橋の持つ魅力は非常に大事なものなので、今後、少し設計や経費も踏まえながら、しっかり考えていきたいと思っております。
 そこで、都市景観重要建造物としての橋梁についてですが、御指摘の亀久橋、萬年橋、福寿橋、東富橋の4橋につきましては、ともに震災復興橋梁であり、保存橋梁として可能な限り後世に残す計画としております。
 今後、橋梁の健全度や耐震性の調査を行い、可能な範囲で補修を行うことによって、長寿命化について検討してまいります。
 橋面の装飾についてですが、設計時に意匠について複数案考え、その中から最もよい案を選定しており、近年の傾向として、シンプルなデザインとすることが主流となっております。
 次に、他の橋を指定する予定についてのお尋ねですが、4橋につきましては、平成16年8月に都市景観重要建造物に指定し、地域の方に愛着を持っていただいております。
指定には地域の景観上、重要な価値があると認められるものを対象としておりますが、都市景観審議会での審議が必要となります。
現時点で他の橋を指定する予定は当面考えておりません。
 景観を大切にしながら地域にある橋を残すことについてですが、景観づくりはまちづくりを進める上で不可欠な要素であり、歴史的価値の高い文化財は適切に保存、継承していく必要があると考えております。
 次に、木場における海運、水運を伝えていくことについてですが、木場は木材産業の歴史と深いかかわりがあり、伝統芸能の木場の角乗りや木場の木遣などの形で現在まで継承されており、歴史的価値の高さについて認識しております。
 

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